suetumuhanaのブログ

日常のエッセイ

歌会始

私の父親は職人でした。家族には大変ぶっきらぼうなひとでよく苦虫をかみつぶしたような表情で仕事をしていました。しかしお酒を飲むことはめったになくて楽しみは書道と短歌つくりでした。他人の趣味にケチをつけることは大変失礼なことだと自覚しておりますがいかにも固い趣味だと思いませんか。自分の初めての子どもである長男のすなわち私の名前はこれまた明治と昭和の女流歌人の名から一文字ずついただいて付けられました。そんな彼は月に一度程度仕事をそそくさと片付けて「今日は歌会に行ってくる。」と出かけるんです。まあ、地元の新聞の短歌欄にはよく入選して掲載されていましたのでそんなに素人ではなかったんだと思います。そんな彼は毎年「歌会始」に応募していました。当然一度も皇居に招かれるはずもなく、歌会始の日はテレビで中継を見ながら「わしの歌のほうが上手だ。」とつぶやくのが毎年のことでした。晩年胃がんを患って入院しました。夏に入院が決まって本人もそう長くないと覚悟したんでしょうか、病院のベッドで「もし来年の歌会始に入選してもわしは行けそうにないから代わりに行ってくれ。」というんです。本当に年明けまで持たずに秋の終わりころ亡くなりました。さて新年の歌会始ですが当然入選するわけもなく私が「代わりに行く」こともありませんでした。もし万が一入選していても「代理出席」などはあり得なかったとは思いますが・・・・。